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2018
04.22

Every Day EARTH DAY

Category: 未分類
本日、4/22は国際的に「アースディ」と定められています。地球の日。

一人一人が、地球環境について考えよう、という日です。

アースディが決められたのは1970年だそうですが、4/22にしようね、と決められたのは2010年だとか。まだ最近の話ですね。日本でも、各地でアースディのイベントが開かれていますね。代々木のアースディが有名ですが、あれはいつから開かれているのかしら。

今年、農場主と私は浜松で開かれたアースディのイベントに参加してきましたよ。就農してからというもの、毎年この時期は苗作りで忙しくて、とてもではないですがおでかけできる状況にはいなかったのですが、今年は農場主の”種男”活動がメインなので、こういうおでかけも大事なお仕事の一つ。ということで、私もくっついて行ってきましたよ。

会場は浜松の森林公園。

いや〜、広かった!!!

1つの山じゃなくって、いくつかの山全体が公園、という感じ。

午前中のドキュメンタリー映画を見るのと、午後の講演を聞くのが私達のメインの目的でした。

ドキュメンタリー映画は、「種子ーみんなのもの?それとも企業の所有物? 」

40分ぐらいの短い映画でしたが、とても良かったです。冒頭、マヤの人々が神様に祈りを捧げるシーンがあるのですが、今年もまた豊かな実りをください、と種を持って神に祈る、感動的なシーンでした。

そうだよね、そうやってできたものを「いただきます」と感謝して食べる、その連続で私たちは命をつないできたんだよね。

映画の後、この映画の日本語版製作を監修された印鑰(いんやく)さんのお話がありました。

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スライドの一番左が、トウモロコシの原種だそうです。

左から右にいくに従って、品種が改良されていっている様子を示しています。

一番左のなんて、ちょっと食べ物に見えませんねぇ。トウモロコシはイネ科だから、種の大きなイネ科の何か、な感じですね。その中でも、ちょっとでも実りのいいものを選抜して育てて、また選抜して育てて、を繰り返して、一番右の品種まで持ってきたんですね。

改良すること自体はもちろん悪いことではないのだけれど、「生命力」という観点からすると、改良するたびに少しずつ落ちていくのだとか。

それ、すごくわかります。

自然農の畑では、改良に改良を重ねた品種というのは育たないのです。

それらは、肥料ありきで作り出された品種だから、無施肥の畑では全然育たないの。

一方、昔からある品種だったり、ずっと種採りを繰り返されたりしてきた品種だと、生命力が違うので、育ち方自体が違います。畑に来てもらうと一目瞭然だけど、パワフルさが違うのです。

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熱く語る印鑰さん。

とても貴重なお話が聞けました。

お話を整理して、改めて皆さんにお伝えしますね。

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午後は、会場を移して、印鑰さんの講演を聞きました。

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右側で帽子かぶってマイク持ってるのが印鑰さんです。

この写真だと、他に誰もいないように見えますが、そんなことありませんよ〜。

先日の山田先生とは違う切り口で、種子法廃止後の影響などについてのお話をお聞きしました。

「いずれ自分たちで種が取れなくなる日が来ます」

「今のうちに種を取っておきましょう」

農場主〜。まさにシードバンクね〜。


私は、正直に申し上げて、危険だからとあおられて行動するのは嫌いなのですよ。(どなたかを批判しているわけではありません)

私たちが種を採るのは、それが当たり前だから。そして、それがとても楽しいから。

”種を採るのが当たり前”と言えるのは、Harmoniaが機械に依存していないやり方を採用してきたから、かも知れません。

いつも地べたにくっついて、いつも土を触っているからかも知れません。

土との距離が近ければ近いほど、種採りは自然なことと思えるでしょう。

一方、機械で土を耕し、機械で種をまく、そういうやり方を採用している農家さんにとっては、土との距離がある分、種採りも面倒なこと、非効率的、非生産的なこと、と写るのかも知れません。もちろんみんながみんなそうではないけど。

もう一つ、たねを いのち として見ているのか、売る為の野菜を作るための資源 と見ているのか、そこも大きな違いだと思います。

私たちもこの間、どう見るかによって全く違うな、という経験をしました。

黒大豆や青大豆など大豆4種類を袋詰めしたのですが、「これいくら?」という話になったのです。

食糧として見ると、無農薬無施肥の大豆なので希少ですから、350円とか500円とか、そういう数字が出てきます。

一方、これを種子として見てみたときに、驚くことが起こりました。

袋の中にいる大豆たち一つ一つが、食べ物ではなく生き物に見えてきたのです。

生きているたくさんのいのちたち。次の世代に繋がるいのちたち。そしたらですね、途端に1000円でも安いと思えてきました。
見方によってこんなに違うのです。

結局、その大豆は物々交換で貨幣をはさまずにもらわれていきました。あれ、これでいいじゃん、って思えた瞬間でした。


昨日のアースディも、色々なことを考えるきっかけをくれました。

そして気づいたこと。

Harmoniaにとっては、アースディは年に1度じゃなくて、毎日がアースディなんだなぁ、ってこと。

最近、本当に私たちのいる環境全てに感謝が湧いていて、毎日「ありがたい、ありがたい」って言ってるの。ちょっとおばあちゃんみたいだなぁ、なんて思いながらも、でも、感謝できることがまたありがたいのであります。

アキコ

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